Posted by: whereintheworldismike | August 14, 2015

Making Disciples of Jesus at the Family Altar (Japanese)

あなたの家族も救われる

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」 (使徒の働き 16 章 31 節)

これは、キリストのもとに来て救われた全ての日本人にとっての希望です。 彼らは、家族や愛する人々もまたキリストを信じることを望んでいます。 しかし、あまりにも頻繁に、悪霊の宗教儀式に陥っている家族を見放すようにと勧めら れてしまいます。

家族は真の神を知らずに宗教儀式に陥っています。そのようなときに、神は、神を知 らない未信者に対し、神の教えを第一とし、それに従うようにと求められるでしょうか。 さらに筆者の意見ですが、イエス·キリストを信じる者が、悪魔を十字架により辱め、その支配に打ち勝たれた主の勝利にあずかったということが御言葉の証明なのではないで しょうか。(コロサイ 2 章 8-16 節)

聖霊のインスピレーションを受けたパウロは、16 節で具体的に「 こういうわけですから、 食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、だれにもあ なたがたを批評させてはなりません。」と書いています。ですから、神が、聖霊が内在し ている新しいクリスチャンを家族の集会から離れさせ、その影響から逃れるようにさせら れないわけがあるでしょうか。

しかし、救われていない家族をキリストに導くために親密な付き合いを維持しようとす る人々のためには 3 つの重要な考慮事項があります。

第一に、悪霊は現実のものであり、悪霊崇拝の活動を中心とした家族の集会に 参加することは実際に極めて危険です。悪霊は敗北し辱められましたが、それでもまだ、 神の御霊が内在していない人間の上には霊的な力を持っています。 キリストにあって与えられた権威を十分に理解していないクリスチャンの魂を惑わす者 によって破壊されてしまう可能性があります。 しかし敵は、神の愛と恵みの力強い御業を理解しているクリスチャンには対抗できませ ん。

19 また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのよう に偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。

20 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえ らせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、

21 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世に おいてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。

22 また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立 つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。(エペソ 1 章 19-23 節)

23 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

ですからクリスチャンは、しっかりと神の御言葉に根ざし、神のすべての武具をとるこ とができなければなりません。(エペソ 6 章 10-18 節) 研がれた御霊の剣をよく用いて熟練する必要があります。そのようにしているクリスチャ ンは必ず、全能の唯一の神を除いては何者も崇拝されてはならないということを確信し ます。 家族の集会や食事、儀式などに参加しても、イエス以外のものを信じ、イエス以外のも のからの祝福を期待してはなりません。この事において、十戒は特に重要です。私たち は父母を敬うよう命じられています。(第五戒)同時に創造主の他、いかなるものをも崇 拝してはならないと命じられています。(創世記 1 章 1 節; ヨハネ 1 章 3 節; 第一、二戒)

「一枚の絵は千の言葉に匹敵する」ということは、どの文化においても共通します。特 に沖縄は口頭の文化であり、十戒を教える際に絵を用いたアプローチが効果的でした。 信頼関係を築いた求道者と信徒は、神の戒めについての知識を携え、愛する者を尊重 することと、神のみを礼拝することの境界線について正直に話し合うことができます。下 記は、10 分以下に十戒を記憶するための絵です。

P1000143P1000144P1000145

P100014710 Com 5th10 Com 6th

P1000150P1000151-09th Command10 Command

仏壇伝道に関する最後の考慮事項は、わずかでも宗教的意味を持つ家族の集会に参 加していながら、キリストへの忠誠をはっきり宣言しないと、その人の塩けを失うというこ とです。(マタイ 5 章 13-16 節)

旧約聖書には、全てのものの上におられる唯一の神を知る機会が、全ての人に与えら れているとあります。これは神のご計画の重要な要素である事実なので、人はこれを無視することができません。(申命記 4 章 35 節; 32 章 39 節; イザヤ 45 章 6 節; ダニエル 3章29節) キリストへの忠誠を宣言するときは、十戒において唯一真の神のみを崇めるよう命じら れていることと同時に父母を敬う義務も与えられているということとの区別も示さなけれ ばなりません。

例えば「私はあなたたち(愛する人々)や父母を愛し敬っています。 神は父母を敬うよう 命じておられます。私はあなたたちを愛していますし、共に過ごしたいと願っていますので、神の命令に従います。しかし、私が礼拝するのは唯一の神のみです。神は天と地と を造られた創造主であり、私が神との交わりの中で永遠に生きることができるよう、道を 備えてくださいました。あなたたちが親戚を敬いつつも、イエスだけを礼拝するときが来 たら、あなたたちと一緒に過ごしたいと願っています。」というように。

もし、家族がこのことを受け入れるならば、このような証しは家族の集会において「ラ イフスタイルとしての証し」のきっかけとなります。 御霊に満ちて神の武具をとることにより、クリスチャンは御霊の実を示すことができ、家 族のどのような活動に参加するべきかという判断ができるようになります。

“宗教的”というより“ 人を敬うこと”に焦点を当てた活動に参加したとしても、線香に点 火するなど、明らかに宗教的な行為は避けるべきです。 聖霊が内在し、また、文化にも精通している人々は、どのような活動に参加すれば「ライ フスタイルとしての証し」が明確にできるか、また、どのような場が混乱をもたらし、唯一 の神を知ることを妨げるのか、最もよく指摘できるでしょう。

参加しているクリスチャンを通して家族がキリストの愛を体験すると、ある人はゆっくり、 また、ある人は突然、愛する者を優しく慎み深く大きく変えた神を知ることに対して心を 開きます。(I ペテロ 3 章 15-16 節) そのときこそクリスチャンが救いの証しをもって言葉による伝道 (「心と心の伝道」豊留 真澄博より)を始めるときであり、愛する者を引き寄せるために御霊が導かれるままに証 しするときです。

人間的な妨げを、神が日本に与えたいと願っておられる収穫へと移行させましょう。 新しいクリスチャンの内におられる聖霊を信じましょう。そして、祈りつつイエス・キリスト の福音が家族に届くことを信じて彼らを支え、励ましましょう。イエスが言われた剣はあ るとき間違いなく家族に訪れます。優しく慎み深いアプローチにより、憤りは追いやられ、 家族全員がキリストに勝ち取られることになるでしょう。

©Michael L. Wilson in “Evangelism at the Family Altar (Butsudan)” which appeared in Great Commission Research Journal. Vol. 1. No. 1. Pages 110-112. Summer 2009.


Categories

%d bloggers like this: